ミノル・ヤマダ
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事務局長のザ・ナショナル・トラストレポート

N.T.E.ジャパン・クラブ事務局長が、英国の、日本の、
そして世界のナショナルトラスト活動など、ニュースをお届けします。

2006年3月1日(水)

ただいまロンドンの戦争博物館で
「アラビアのロレンス その生涯、その伝説」特別展が開催中!
彼が愛した館からも、ゆかりの品が登場。

第1次世界大戦の頃に中東で活躍し、映画「アラビアのロレンス」のモデルにもなった英国軍人、トーマス・エドワード・ロレンス。昨年が没後70年にあたることもあり、彼の生涯を振り返る特別展がロンドンの戦争博物館(インペリアル・ウォー・ミュージアム ※英文のみ)で、4月17日(月)まで、大規模に開催されています。それにともない英国ザ・ナショナル・トラストからも、彼が生前暮らしていた館、クラウズ・ヒルに残された写真や手紙、アラブのローブ、日誌などが出展されています。

クラウズ・ヒル

ロレンスは1935年5月13日、愛用のオートバイに乗って電報を打ちに出かけた帰りに、自転車に乗ったこどもを避けようとして転倒。その6日後、享年46歳という若さで亡くなりました。その時、彼が電報局から戻ろうとしていたのがクラウズ・ヒル。 彼が将来の隠遁生活を楽しむために、1925年に購入した建物です。

名前が付いているので邸宅かといえば、とんでもない思い違い。英国では建物に名前をつけるのが習慣になっているのです。ロレンスが購入したクラウズ・ヒルはおそらく、もともと村の小作農の住まい。村から続く長い道のはずれに、田園の木々の緑に隠れるようにしてたたずむ"小屋"という表現がぴったりの館です。

当時、ロレンスはクラウズ・ヒルの北約1.6kmにあるボビントン英国空軍キャンプに勤務していました。彼のこの小屋は2階建てですが、入り口の幅は2フィート(約60cm)ぐらいしかなく、窓は2階の屋根裏部屋の天井の部分にあるだけで、1階は昼間でも薄暗いです。

クラウズ・ヒルの暖炉

しかし、ロレンスはこのクラウズ・ヒルのことを「私のコテッジは、私の犯した罪のようにみにくい。そしてわびしく、角張っていて小さく、不安定・・・・まるでその持ち主にそっくりだ。 しかし、私はそこが気に入っている。」と書き残しています。
意外にも内向的な性格の持ち主だったとされる彼は、退役後のここでの生活を楽しみにしていたようです。空軍基地での仕事から解放された後は、この薄暗い部屋の暖炉の横で、蓄音機から流れる音楽を聞きながら、彼の著書「智恵の七柱」の校正を行ったり、友人のためにピクニックランチを調理したり、のんびり紅茶を入れたりしていたとのこと。アラビアの習慣に従ってか、アルコール類はまったくとらなかったそうです。

先月にご紹介したクラッグサイドのような大邸宅(カントリー・ハウス)やバッキンガム宮殿など、歴史上の有名な人物ゆかりの建物をプロパティとして保護・公開している英国ザ・ナショナル・トラスト。そのハンドブックにも掲載されているものとして、クラウズ・ヒルは一番小さな歴史的建造物ではないでしょうか。

—以上英国ザ・ナショナル・トラスト公式サイトのニュースなどからご紹介。

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