National Trust

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Property プロパティ

vol.08


New Colection 2019 春秋コレクションのテーマプロパティを訪ねて
ケルト文化香る、ウェールズへの旅

©National Trust Images/John Miller

イギリス南西部に位置するウェールズは、英語とはまったく異なる響きのウェールズ語が話され、また、音楽や芸術に秀でたケルト文化が伝わる地域です。英国ナショナル・トラストでは、この地に残された優美な城や館、ガーデンに加え、緑の山々を含む46,000ヘクタール(460km2)の土地や、157マイル(約252km)の美しい海岸線を守っています。ナショナル・トラスト春夏コレクションのデザインにインスピレーションを与える、「エルディグ」、「ペンリン城」、「ポーイス城」は、いずれも人気の高いプロパティ。ウェールズの緑豊かな景色の中にある、3つのプロパティを訪ねます。

英国の豊かな田園文化を感じさせる、ナチュラルなテイストが魅力のブランド「ナショナル・トラスト・コレクション」。その商品づくりは、英国の慈善団体、ナショナル・トラストが守り伝える庭園や邸宅、美しい自然から、インスピレーションを得ています。


屋敷前に広がるヴィクトリアン・パーテア。
©National Trust Images/John Miller

よみがえった18世紀の地主屋敷 「エルディグ」

北ウェールズの中心となるレクサムの町のはずれに、エルディグはあります。その始まりは1682年。デンビーシャー州長官を任命されたジョシュア・エディスベリーが屋敷を建てますが、彼はお金をつぎ込みすぎて30年余りで破産してしまいます。1714年、その屋敷を買い取って拡げたのは、ロンドンで成功を収めた弁護士のジョン・メラーでした。メラーは当時の流行スタイルを取り入れ、最高級の調度品を揃えて、屋敷を美しく整えます。そして、友人や大切な客人をもてなしたのでした。
1733年、未婚のメラーは亡くなる際に、甥のサイモン・ヨークにすべてを譲ります。エルディグはその後240年間にわたって、ヨーク家の屋敷として代々受け継がれました。


最盛期のエルディグでは、コックやメイド、ボーイなど、多くの使用人が雇われていました。19世紀前半に導入された、上階の主人が地下にいる使用人を呼ぶための呼び鈴は、一日中鳴り続けたといいます。しかし、ヨーク家の主人は使用人を大切にもしていたようで、当時では大変珍しいことに、使用人の肖像画を画家に描かせたり、写真を撮らせたりしました。また、ベテランのメイドが忙しくクモの巣を払う様子を、愛情を持って詩に詠むこともしています。使用人の肖像画は今も地下の壁に飾られ、当時の生活を伝えています。

ウォールドガーデンの塀に仕立てられたリンゴの木。

©National Trust Images/John Miller


花壇を彩るフリチラリア・インペリアルとプリムラ。
©National Trust Images/Robert Morris

厳しい時代となった20世紀前半からヨーク家の暮らしは翳りを見せ、使用人の数もわずかになり、主のサイモン・ヨーク4世は世俗と離れた隠遁生活を送りました。
1973年、最後の主となるフィリップ・ヨーク3世が地所を相続した時には、屋敷は文字通り傾き、庭も荒れ果てていました。彼はナショナル・トラストへの寄贈を決意し、寄贈を受けたトラストは、屋敷と庭の大規模な修復に取り掛かります。100人近くの専門家が携わった修復計画には4年の月日が費やされ、エルディグはついに、かつての美しさを取り戻します。茂みだらけの荒れた庭も、資料や残されたわずかな手掛かりを基に、18世紀当時の姿が復元されました。


美しくよみがえったエルディグの広大なウォールドガーデンは、現存する18世紀の整形式庭園(フォーマルガーデン)として、英国内でも貴重なものに数えられています。丸いトピアリーがリズミカルに並ぶヴィクトリア朝様式のパーテアや、レンガ塀に仕立てられた希少種の果樹、シナノキの並木道や立ち並ぶ円錐形のトピアリーなど、見どころたっぷり。エルディグにはまた、ヘデラ(アイビー)のナショナル・プラント・コレクションがあります。

円錐形のトピアリーが並ぶフォーマル・ガーデン。
©National Trust Images/John Miller


ネオノルマン調の石造りの館。
©National Trust Images/Matthew Antrobus

重厚感あふれる城屋敷 「ペンリン・カースル・アンド・ガーデン」

北ウェールズ、バンガーの近くで、どっしりとした佇まいを見せるペンリン城。この場所にはもともと、要塞として使われた中世の館がありましたが、今ある建物は、19世紀前半に建てられた比較的新しいものです。
ジャマイカで成功した又従兄弟から莫大な遺産を相続したジョージ・ヘイ・ドーキンス・ペナントが、有名建築家のトーマス・ホッパーに建築を依頼しました。ホッパーは当時流行していた復興ゴシックの建築様式ではなく、重厚感のある石造りのネオノルマン様式を取り入れています。


1840年、城が完成して10年経たずにペナントは亡くなり、娘のジュリアナが地所を受け継ぎます。その夫で、のちに初代ペンリン卿となるエドワード・ゴードン・ダグラスは、義父の言いつけに従って、城の絵画コレクションを充実させました。オランダ、ヴェネチア、スペインの画家による素晴らしい絵画の数々は評判を呼び、ペンリン城は「北ウェールズの美術館」と呼ばれるようになりました。

朝食用の食堂。
©National Trust Images/Andreas von Einsiedel


精巧な造りに目を奪われる大階段。
©National Trust Images/Andreas von Einsiedel

建築家のホッパーは、英国王ジョージ4世や貴族から依頼を受け、素晴らしい屋敷の建築や改築を手掛けた人物でした。ペンリン城の内部で特にドラマチックな景色を見せるのは、石造りの大階段です。幾何学模様の精巧な飾りが施された階段や柱が、円天井の天窓から降り注ぐ柔らかな光の中で浮かび上がります。

円天井の見事なしっくい仕上げ
©National Trust Images/Andreas von Einsiedel


フクシアのアーチ。
©National Trust Images/Stephen Robson

ペンリン城はガーデンも見逃せません。1862年から約60年間にわたってヘッドガーデナーを務めたウォルター・スピードは、時代を代表する名ガーデナーとして知られ、当時のペンリン城は英国で3本の指に入る名園とみなされていました。スピードは30人のガーデナーを束ね、庭だけでなく、広大な果樹園や菜園も世話しました。当時の若いガーデナーにとって、彼の下で修行することは、キューガーデンやウィンザー城で働くよりも魅力があったと言われます。ガーデンは今も、当時と変わらない静けさと美しさを保っています。
1951年、ペンリン城は、スノードニアにある4万5000ヘクタール(450km2)の土地とともに、ナショナル・トラストに寄贈されました。


天空にそびえ立つ「ポーイス・カースル・アンド・ガーデン」

入道雲のような巨大なイチイの数々を従えて、4層のテラスガーデンの上にそびえ立つ赤い城。インパクトのある姿をしたポーイス城は、13世紀に、ウェールズの王子によって要塞として建てられたのが始まりです。1587年、城と付随する貴族の地位は、王子の子孫によってエドワード・ハーバート卿に売却され、その後、城は紆余曲折を経ながらも、1952年までハーバート家の血筋に受け継がれてきました。

巨大なイチイが並ぶテラスガーデンの上に建つポーイス城。
©National Trust Images/Megan


ステート・ダイニングルーム。
©National Trust Images/James Dobson

ポーイス城には、絵画や銅像、家具やタペストリーなど、歴史的価値のある芸術品が多々残されていますが、中でも、クライブ・ミュージアムは有名です。ミュージアムには、東インド会社に赴き、英領インドの基礎を築いたロバート・クライブと、その息子のエドワードがインドや極東から持ち帰った、貴重な品々が飾られています。息子のエドワード・クライブは、16世紀に城を買い取ったエドワード・ハーバート卿の子孫であるヘンリエッタと1784年に結婚し、のちに初代ポーイス伯爵となりました。


ポーイス城の独特なガーデンも、世界的に有名なものです。広大なパノラマが見渡せる、イタリア風の4層のガーデンテラスは、1680年代に作られました。そこには、樹齢300年、高さ14mにもなる巨大なイチイの木々がもこもこと生えて、印象的な景色をつくっています。テラスの下では、18世紀に植えられた大きなオークの木々に守られて、美しい整形式庭園が広がっています。長い歴史の中で何度も姿を変えた庭は、さまざまな魅力を重ね持っています。

テラスから見渡す広大な眺め。
©National Trust Images/Megan Taylor


見事な天井飾りのロング・ギャラリー。
©National Trust Images/Arnhel de Serra

20世紀の初め、ジョージ7世の時代に、塀や生け垣に囲まれた美しい整形式庭園を作ったのは、第4代ポーイス伯爵夫人のヴァイオレットでした。彼女は夫を説得し、それまであったキッチンガーデンを移動させて、「イングランドとウェールズでいちばん美しい庭」をつくろうとしました。クロッケーの芝生や、コテージガーデンのような優しい雰囲気を持つ花壇、きれいに刈り込まれた果樹の小径など、ヴァイオレットのつくった庭は今も美しく保たれています。


20世紀の初めのポーイスは、上流階級の客人が多数訪れる、輝かしい社交の場でした。しかし、その後、第4代ポーイス伯爵のジョージ・ハーバートは、夫人のみならず、相続人となる2人の息子に先立たれるという不幸に見舞われます。1952年、伯爵は臨終に際してポーイス城を国に譲渡し、城はナショナル・トラストの管理下に入りました。花木や球根花が次々と花開く春、カラフルな夏の花々、広葉樹が見せる秋の紅葉、そして、ダイナミックな雪景色。伯爵家の人々が愛でた四季の移ろいは、今もトラストによって守られています。

ジャカード織りのベッドカーテン。1900年頃のもの。
©National Trust Images/John Hammond



/Masami Hagio /

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