井形慶子さんスペシャルエッセイ
ポンド安 コッツウォルズ不動産事情
2009年12月21日(月)
2009年、今年は世界同時不況のあおりで、円高ポンド安で始まり、ドバイショックで再び円高ポンド安に終わる一年だった。
イギリスを旅行された方にとっては、またとないバーゲン感覚が堪能できる年だったと思う。
私が編集長を務める英国生活情報誌「ミスター・パートナー」でもこの流れを受けて、10月に「ロンドンVSコッツウォルズ 英国住宅購入のすべて!」という特集号を出した。これまで住宅バブルで高嶺の花だったイギリスに家を買う夢を、ゼロからシュミレーションした永久保存版だ。
この不況時に突拍子もない企画だと、売れないで当然を覚悟をして発売したところ、約一週間で売り切れてしまった。日本各地からたくさんのご注文をいただき、イギリスの美しい家への憧れや興味を持つ方が、思いの他多いことを知った。
個人的には10年前、東京都下に湖水地方で見た石造りのコテージ風の家を建てた。また、昨年は社員寮兼撮影スタジオにすべく、人気の街・吉祥寺にイギリス人が泣いて喜びそうな複雑な造りの廃屋メゾネットマンションを購入。
築35年とはいえ、45㎡あるマンションは下落して500万円となった。それをイギリス各地で見てきた老朽物件再生リフォーム術を駆使して、ロンドンにあるような暖炉付きフラットを作ったのだ。部材を安く入手するなど、イギリス人のやり方をまねて、排水管までやり直す全面リフォームを200万円で仕上げた。詳しくは「老朽マンションの奇跡」(新潮社)に書いたが、これもまた発売初日から問合わせが相次いだ。
この2つの事を経て、イギリスを愛する人達は、住宅への関心が高いのだと再認識した次第だ。
既刊のいくつかの著作でも書いたように、国民の大半が中古住宅に暮らすイギリスの人々の、家に対する情熱と知識にはいつも舌を巻く。廃屋大好きな国民のスキルが結集すればこそ、古い建物も社会資産に成り得るのだろう。そのような事を思いつつ、イギリスの不動産事情を取材した。平均住宅価格が2007年度の4,100万円から約2,500万円と底値に落ち込んだ今年5月、日本でも大変人気の高いコッツウォルズの売り物件を見てまわった。
世界一美しいといわれる村が集結したコッツウォルズ地方で売買されるのは、ここで採掘されたハニーストーンを使った古い家が中心といわれる。ひとつひとつの家は貴重だが、古いだけに購入後も維持や管理は大変らしい。
このエリアで長年、不動産会社を経営し、地元の事情に詳しい建築家は、こう話していた。
「コッツウォルズの景観に魅せられ、この地に家を買って暮らすことを夢見る人は多い。しかし、コッツウォルズは新しい物件が次々と市場に入ってくるような場所ではない。人が死んだ時くらいしか不動産は動かない」
聞けばこのエリアで家を探す人たちの多くは、キャッシュで物件を買う力があるらしい。彼の経験では、銀行から住宅ローンを借りる人は1、2割ほど。最近では、ロンドンで成功を収めた30代の若者が、コッツウォルズの家をホリデーコテージにと購入するケースが多いのだとか。
排気ガスと人の多さにうんざりした若年層は、週末になるとホリデーコテージにやってきては、傷んだ家を直したり、荒れ果てた庭を作り直すなど、リフォームを週末のレジャーにしている。
調べてみると、コッツウォルズの住宅価格は暴落していた。19世紀のカントリーハウスを区切って分譲するコンバーションフラット(共有庭園に森や湖あり。ゲスト用パーキング数十台可)が1,000万円台になっていたのだから。
重厚な建物と映画のセットのような庭園には、庭師の乗った2台のトラクターが、東屋の近くでせわしなく砂利を掘り起こしていた。そんな様子までもが我が家の窓から見える。古城に住む人々の中には、外国人も混じっていた。
写真を撮り、眺めるだけだった美しい村の売り物件が、不況にさらされ、手を加え、建物を成熟させてくれるオーナーをじっと待っているのだ。(つづく)
