井形慶子さんスペシャルエッセイ >> バックナンバー
クリスマスに思い出すザ・ナショナル・トラストのお店
2007年12月1日(土)
イギリスで初めてザ・ナショナル・トラストのショップに立ち寄ったのは、もう10年以上昔のことだ。木枯らしが吹きすさぶなか、幼い娘とともに優雅なジョージ王朝の面影を残す、古都バースの町を歩き回った。
壁のほとんどを窓で覆われた「イングランドの灯火」といわれるバース・アビーの周辺はクリスマスイブとあって、募金を集める人、駆け込みでプレゼントを買いそろえようという人々でごった返していた。
そんな喧騒から逃れるように、紀元前にローマ人によって建てられた大浴場、ローマン・バスに面した広場のベンチに腰を下ろした。1987年にユネスコ世界遺産となったバースの市街地だが、ザ・ナショナル・トラストは、それより先にローマン・バスを保護下に置いたという。
古代の建築物と暮らしが混在する風景。ショーウインドウの星くずのようなライティングが蜂蜜色のローカルストーンを照らし、どこかもの哀しい冬景色を作り出す。
「私のクリスマスプレゼントは?今晩泊まるB&Bのおばさんにも何か買った方がいいよ」と、こどもながら案じる娘の言葉に、ふっと顔を上げるとザ・ナショナル・トラストのギフトショップが目に飛び込んできた。
娘の手を引きワクワクしつつ入ってみた。すると店内にはイギリスのカントリーサイドを描いた美しい色彩の食器やポプリ、ニット類が並び、ガーデニングを楽しむ人のためのレインブーツやコートが並ぶ。一角には、「生活に必要なものこそ美しく」と唱えたイギリスの装飾芸術家、ウィリアム・モリスの絶妙な色彩と図柄を使ったファブリックもあった。しっかりと自然観察をして、草花を精密に描くモリスの絵は、雑貨となって住まいに納まると、そこだけ独特の光が宿るようだ。
私は夢中になってその一つ一つを手に取った。
ハーブの香りが漂う、静かな曲が流れるその空間は、ギフトショップというより、トラストとイギリス人の関係をうかがわせる生活ギャラリーのようだと思った。「環境保護」という言葉は響かなくても、マグやカードに描かれたヴィレッジの風情に私達は魅きつけられる。開発より残すことの豊かさ、尊さ。
考えてみるとイギリスで見たいのは、いつもこんな世界だった。
ショップには「Villege life」や「Light house」などイギリスの美しい田舎や灯台を紹介した日本では探すことのできない写真集もあった。モノの向こうに思想が透けて見えるブランドは強いといつも思ってきたが、この店にいるとザ・ナショナル・トラストの歩みや美的センスが何を表現し、何を目指しているのかが伝わってくる。見ているだけで心が満たされる感覚とは、こういうことだ。
結局、宿の女主人にはスパイシーな香りのクリスマス・ポプリを3ポンドで買った。奮発して娘には野の草花が編み込んであるセーターを買った。売り上げの一部は団体の活動資金に寄付される。それらの収入は年間で約8千万ポンド(約184億円)もあり、トラストが所有する多くの土地や建物の維持保全、そして約5千人の職員の給与にあてられているという。保存のためのコストはインフレでどんどん値上がるうえに、特殊技能を持った職人などを雇わなければならないため、ザ・ナショナル・トラストの会員による会費だけでは追いつかない。
イギリスの人々がクリスマスの贈り物をザ・ナショナル・トラストやオックスファムなどのチャリティーショップで買い求めるのは、自然や文化を皆で保存し、分かち合う精神からだ。こうしてともに生きる社会の基盤は固まってゆく。
今年、ザ・ナショナル・トラストは、やわらかなぬいぐるみの湯たんぽを10ポンドで販売していた。この愛らしいギフトは通販で日本からも取り寄せられるようだ。
