井形慶子さんスペシャルエッセイ「私が出逢ったザ・ナショナル・トラスト」

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乗ってみたザ・ナショナル・トラストのクルーズのすごさ

2007年9月1日(土)

前回紹介したザ・ナショナル・トラスト・フォー・スコットランド主催のクルーズ、「トレジャー・アイランド」に参加した。バタバタと準備をするうちに出発日となり、飛行機を乗り換え、ロンドンからエディンバラへ。ロンドンよりずっと寒い空気に震えながら、チャリティショップでフリースとレインコートを買った。送迎バスでグリーノック港へ向かい、300人の外国人の乗客たちと船に乗った。そして、ウェスタンアイルズとセント・キルダへの旅が始まったのだが——。

「船長と協議した結果、今回は、悪天候のため上陸できません」——エディンバラ大学教授ブルトン氏の残念そうな声が、クルーズの目玉であるセント・キルダ島への上陸不可を告げた。早朝からキルダ沖に停泊していた船内で、乗客らも実に残念そうな顔をした。だが、すぐに気をとり直すやデッキに走り、めいめい双眼鏡で島を眺め、教授によるキルダ島の地質学に聞き入るではないか。上陸できないとクレームをつけるより、この瞬間を楽しむ彼らの中には、5回このクルーズに参加して、1度もキルダ上陸を果たせない参加者もいた。

4年前に、キルダの本を書くために取材で訪れた私は、一発で上陸できた。それがとんでもない幸運だったと、このとき初めて気づかされた。「来年も来るわ。いつか夢は叶うでしょ」サングラスをかけた老女は、この日、来年のクルーズを申し込んだと言う。
大型船はゆらゆらとキルダ群島を周遊し、乗客は固唾をのんでデッキからフルマカモメの大群や、牙のような岩山スタック・リーを見つめている。

やがて、ケルティック・シンガー、アンによる「セントキルダ・メールボート」の歌が船内に響いた。36人の島民は文明の功罪にさらされ、泣く泣く島を離れていった。——素朴な島民の悲劇を、アウター・ヘブリディーズ諸島出身の彼女が、本物のキルダ島をバックに歌った。どんな大きなコンサートホールでも絶対に太刀打ちできない珠玉のライブだ。最後の曲で乗客は涙をぬぐった。

美容やマッサージといったリラクゼーションを目的としたクルーズが多い中、300人を越える乗客が、同じ場所で同じ感動を味わう旅が存在するなんて誰が想像できるだろう。

船旅に全く興味のなかった私だったが、1週間でハイランドの島々を全て見られるメリットに、ザ・ナショナル・トラストのクルーズ参加を決めた。日本を発つ前は、船酔い、英語力など心配はつきなかった。だが、船は思いのほか揺れず、英語の講演もスライド付で分かりやすく、すべて取り越し苦労に終わった。元気な30代、40代が多いかと思いきや、意外にも高齢者が中心。彼らと共に島の原野を8時間近く歩いた20代のMPスタッフは、ずぶぬれ、泥だらけで帰還すると、イギリスの高齢者の健脚ぶりに興奮していた。

見ていると、名だたる教授や作家など、同乗した大人達は、自らの知識をひけらかすことなく、若い人たちと同等に語り、意見を求めてくる。「君はこのクルーズをどう思うかね」と、年配の英国人編集者にたずねられたN君は、日本よりのびのびと対話できる自分に驚いたという。片言英語のTも不思議な気持ちだと言った。
海鳥が飛び交う空や、もの悲しい灯台、雨に濡れながらも皆で歩いた泥炭に覆われた海岸。今でもあの日々を思い出すと、なんとも言えない気分になる。
それはイギリス人が愛するナショナルトラストのクルーズが示す「豊かさ」が、あまりに衝撃的だったせいかもしれない。

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