井形慶子さんスペシャルエッセイ「私が出逢ったザ・ナショナル・トラスト」

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カントリーサイドで"不思議"に出会うよろこび

2006年3月1日(水)

シルバーディル地方

私の本棚に一冊の古本がある。
ヨークシャーで泊まったB&Bのご主人から譲ってもらった貴重な本だ。原題は『WALKS IN THE SILVERDALE』
・・・副題が"目を見張る美しき自然"という、シルバーディル地方を歩く人のガイドブックだ。自然を残すこの地域には自然保護区があり、そこには森や海岸に面した散歩道もある。
有名な湖水地方の町ウインダミアまでは車で1時間弱。宿泊客は皆、そちらに向かうと思いきや、「この村は湖水地方より素晴らしい、美しい」を連発して遠出する気配がない。彼らは毎朝、ミネラルウオーター、りんご、サンドウィッチをリュックに詰め込み、いそいそと宿の裏に広がる自然保護区の繁みに消えていく。

ガイド本を片手に彼らの後を追ってみた。何の変哲もない森が広がる。時々リスやキツネが横切るものの、何がそんなにすごいのだろうと疲れて道ばたの岩に腰かけた。
なんだか座り心地がいい。ちょうどベンチのように背もたれもある。少し横になってみようかなとゴロンと体をのばし、B&Bの主人に借りたガイド本を見て驚く。
何と開いたページには、私が寝っころがっている岩のスケッチが載っているではないか。"Giant Seat(巨人の腰かけ)"という名の聖なる岩。とても畏れ多い気がして、あわてて飛び起きた。

井形さんスナップ

しばらく歩くと、今度は前方に左右大きな岩がくっつかんばかりににじり寄った奇岩があらわれる。さらによく見ると、2つの岩の狭いすき間に、人ひとり歩ける程の石段が続く。"Fairy Steps(妖精の階段)"と呼ばれる謎めいた石段。これは一体どこに続くのか。歩くほど夢中になり、立ち止まり本を開いては不思議な地名に感心する。景色だけではない。途中、見たこともない鳥が出てきて後ずさりした。湿地からじっとこちらを見ている。bittern(サギ科の鳥 サンカノゴイ)らしい。目を合わせたら襲われそうだ。人間は私だけなのだから。

おそるおそるその場を立ち去ると、開けた海岸線に出た。前方を今朝、ダイニングルームで会った英国人夫婦が歩いている。やっと現実の生活にもどった気がした。羊も馬もいない森の中は、遺跡から魔物まで封印されたような気配に満ちている。

名もない田舎町にただならぬ場所がある。観光名所や歴史的遺跡を越えた動物のサンクチュアリ。宿泊客が毎朝喜び勇んで飛び出していった意味がやっと分かった。 イギリスの魅力とは、自然と不思議が合体したシルバーディルのような場所を訪ねるとより実感できる。こんな森が住宅地に隣接しているのもすごいことだ。これもまた英国が保存するカントリーサイドの魅力なのか。

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