井形慶子さんスペシャルエッセイ >> バックナンバー
一枚の絵画のような風景に暮らすよろこび
2005年6月1日(水)
私が編集長を務める『ミスター・パートナー』という月刊情報誌で読者アンケートを実施した。
「短期でも英国に住みたいですか」という問いかけに何と94%の人が「住みたい」と答えた。
それもロンドンではなく、田舎に、ということだった。
私達日本人にとってイギリスの魅力は、どこを切り取っても一枚の絵のように見える古い家並みであり、田園風景とよく聞く。私自身イギリスに行くたび、街を歩くだけでこんなにも幸せな気分になれるのだと思っている。一歩家の外に出ると、日本の景観法どころではない厳しい法規制によって守られた絵画のような街がある。イギリスの人々はそこに「ルーツ」と呼ばれる自分だけのお気に入りの散歩道を持ち、毎日愛犬や家族と共に散歩を楽しむのだ。
こんな彼らの歩く楽しみを支えているのが「パブリックフットパス」と呼ばれる遊歩道で、英国では住宅地や牧草地を縫うように広がっている。車道とは離れた所を通っているので車との接触の危険や騒音、排気ガスの心配もなく、お金のかからない歩く楽しさを提供してくれる夢の道だ。
自然は、わざわざ海や山に遠出してふれるものではないと、この遊歩道は教えてくれるのも旅行者にとっては嬉しい。
私がある時コッツウォルズ地方の道を歩いていると、50代の夫婦が「ハロー」と声をかけてきた。
聞くと彼らは結婚して30年、1日もこの道の散歩を欠かした事がないとか。
「この道から見える風景は、この30年で変わりました?」と聞くと、「いや、齢をとった私達が変わっただけよ」と笑っていた。これが彼らの自然との関わり方だった。
では、歴史はどうだろうか。イギリスの人々は歴史を本や史跡の中からでなく、築100年以上経過している古い住宅に暮らしながら堪能している。
それも生活実感として、昔の人々の生活文化を。
念願の築400年経つ瓦葺きコテージに移り住んだ主婦は「私はまるでいにしえの小作人のようだわ。
歴史という名の家で生活しているのですから」とわが家を誇っていた。
こんな人々に出会うたび、100年以上続くザ・ナショナル・トラストが保護しているのは、豊かな歴史と自然であり、そこで繰り広げられる人々の生活だと思った。
こんな住環境の中で生活することが見果てぬ夢になっている私達に、イギリスの美しい景観は「残すこと」の尊さを伝えているように思う。
